18 AprHack14:逃げる時まで執着しない

「憎むべき破壊者が立ってはならない所に立つのを見たらーー読者は悟れーー、そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。屋上にいる者は下に降りてはならない。家にある物を何か取り出そうとして中に入ってはならない。畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。このことが冬に起こらないように、祈りなさい。(マルコによる福音書 13:14-18)

 去る3月28日、29日の二日間、東北地方太平洋沖地震で被災した塩竈市、石巻市にボランティアに行ってきました。(詳細は、「東北へボランティアで行ってきました | DJ_SATORUの研究日誌」にまとめています)

 そこで、こんな話しを聞きました。
 亡くなられた方に多く見られた特徴として、ズボンのポケットに膨らみがあったそうです。想像するに、お金などを家に取りに帰っているうちに逃げ遅れてしまい、津波にやられてしまったのではないかと。
 本人たちには、ちょっとした執着だったのかもしれません。しかし、そのちょっとした物質的な欲が、時には命を失わせるほど危険なものであるということを感じずには得られません。

 今回の地震ほどの被災に、将来自分が出逢うかどうかは未知数ですが、その時に備えてこのことは肝に命じておきたいと思います。

11 AprHack13:贅沢は敵

イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。イエスは弟子たちを見回して言われた。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」(マルコによる福音書 10:21-23)

 贅沢というのは中毒性があるように思います。例えば、たくさん食べる人は、一日でも人並みの食事量に抑えるのが辛い。お金をよく使う人は、お金を節約しようと節制するのが辛い。寝過ぎる人は、怠け癖を直そうと少しでも睡眠時間を減らすのが辛い。
 おまけに贅沢というは、そう過ごしている人が周りにいると、それに影響されるようにも思います。高価な物を買う人が身近にいると、影響されて自分も高価な物を買ってしまったり。怠けて時間の使い方がルーズな人が身近にいると、影響されて自分もいいやと怠けてしまったり。

 そして、目の前の贅沢に溺れて、本当にお金や時間を使いたいところに使えなくなってしまう。
 上記に書いた聖書の御言葉においても、「世的な豊かさに満たされると、天国の豊かさが見えなくなる。」と解いています。

 本当に大事なところでお金や時間を使うために、例えば自己成長への投資や隣人へのプレゼント、一緒に出かける時間を少しでも確保する為に、お金や時間を計画なしに思うがままに使うのではなく、節制することが大事。
 常々そう思います。でも、理想通りにできない。贅沢って本当に強敵です。

04 AprHack12:実力不足と感じても、まずは行動する

ヨルダン川を渡るため、民が天幕を後にしたとき、契約の箱を担いだ祭司たちは、民の先頭に立ち、ヨルダン川に達した。春の刈り入れの時期で、ヨルダン川の水は堤を越えんばかりに満ちていたが、箱を担ぐ祭司たちの足が水際に浸ると、川上から流れてくる水は、はるか遠くのツァレタンの隣町アダムで壁のように立った。そのため、アラバの海すなわち塩の海に流れ込む水は全く断たれ、民はエリコに向かって渡ることができた。(ヨシュア記 3:14-16)

 正直、自分のこれまでを振り返ると「能力がない」、「準備ができていない」、そういう言い訳をして行動をしてこなかった結果、千載一遇のチャンスを逃し続けてきた気がします。例えば、自分の実力では無理だろうと、未踏ソフトウェアのような申込みを諦めるとか、または留学の話が持ちかけられても全然実行しようと思わなかったのも当てはまります。

 こんな状況に対する戒めのような言葉が、上記の聖書からの引用。
 「人生を導く5つの目的」では、上記の箇所を次のように解説しています。(p.232より)

 ヨルダン川の洪水のような流れは、リーダーたちが信仰と従順によって激流の中に足を踏み入れた後で初めて止まりました。従順が神の力を解放したのです。
 神は、あなたが最初の一歩を踏み出すのを待っておられます。力や確信が湧いてくるまで待ってはいけません。恐れがあっても、感情が伴わなくても、正しいことを行ない、弱さを覚えながらも前進することです。

 実力不足だと思っても、または感情が伴わずやる気が起きなくても、行動を起こすことが大事。行動を起こした後で、必要な実力もやる気も湧き上がってくる。言われてみると、納得できる気がします。

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21 MarHack11:対話するように取り組んだ本こそ知識となる

さて、子らよ、わたしに聞き従え。わたしの道を守る者は、いかに幸いなことか。諭しに聞き従って知恵を得よ。なおざりにしてはならない。(箴言 8:32-33)
人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章

 最近、「人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章」という(自己啓発?)本を読み進めています。40章を1日1章ずつ読み進めていく構成になっていて、日々継続して読み進めやすい工夫がなされています。
 この本、私が知る限りではあまり見かけることがなく、日本では有名ではないのかもしれませんが、ニューヨーク・タイムズで連続167週で1位を記録し、売り上げは3000万部以上という超ベストセラー本です。人質がたまたま持っていたこの本を読んで殺人犯が自首したという逸話もあり、その内容がどれだけ人にモチベーションを与える本であるか窺い知ることができると思います。

 そんなこの本を読み始めて、最初の最初にハッとさせられたのが、以下の文章。

『私たちが本を読んでも何も変わらない一つの理由は、次の章に早く読み進もうとして、今読んだ内容をじっくり吟味する時間を取らないからです。学んだことを思い返す間もなく、次の真理へと飛んでしまうのです。ただこの本を読んで終わりにするのではなく、じっくりと腰を据えてこの本に取り組んでください。きちんと消化するために、線を引いたり、欄外に考えさせられたことを書き込むなどして、この本を自分のものにしてください。私にとって助けとなった本は、対話するように取り組んだ本であって、ただ読んだというだけのものではありませんでした。(pp.13-14)』

 この本にしろ、勉学のために読んでいる様々なテキストにしろ、あれこれ書き込むことがその本に書かれている内容を自分のものとする最善の手段なのでしょう。
 過去の自分の勉学に対する姿勢を振り返ってみると、そう実感します。

18 Mar番外編:福島原発の放射能が如何に心配要らないか

思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。(ペトロの手紙一 5:7)

 今週木曜、物理学と科学ジャーナリズムを専攻されていた経歴がある教会の先生から、如何に日本や海外が福島原発事故について騒ぎ過ぎか、如何に日本が安全な状況にあるか講義をしてくれました。
 その内容を、以下にざっとまとめます。


放射能による被爆を心配するぐらいなら・・・

  • すぐ近くにいる喫煙者から逃げた方がいい。タバコの煙の方が、発がん性が高い。
  • カップ麺を食べる回数を減らした方がいい。カップ麺の方が、発がん性が高い。

東京がどれだけ安全な場所かというと・・・

  • 東京〜福島は約250km離れている。
  • 仮に福島原発に原爆が落とされたとしても(そんなことは絶対に起きないが)その被害は福島原発から半径50km以内でしかない。
  • 仮に世界最悪の原発事故であるチェルノブイリ原発事故が福島原発で再現されたとしても(そんなことは絶対に起きないが)その被害は福島原発から半径200km以内でしかない。
  • つまり、東京は福島原発から充分過ぎるくらいに距離が離れている。

被爆した食べ物がスーパー等に並ぶ可能性は・・・

  • かなり低い。なぜなら、日本の政策なら流通する全食品の検査をやるだろうから。
  • 日本は、狂牛病の検査を全ての牛に対して実施した前例がある。被爆検査は狂牛病の検査よりずっとお手軽なので、全品検査をしない筈がない。
  • ちなみに被爆検査がどのくらいお手軽かというと、その場で検査する機械を食品に当てるだけ。狂牛病の検査では、DNA検査ができる場所に送らないといけない。

福島原発周辺の住民は大丈夫なのか・・・

  • 現在実施されている、20〜30km圏内への屋内退避はかなり正しい。
  • 今回の福島原発事故と同等の事故レベルとされるスリーマイル島原発事故では、16km圏内に被害がとどまっている。
  • おまけに被爆しても、水で体を洗えば除染できてしまう。

今、私たちがすべきことは・・・

  • 「自己中心」「恐怖心」を持たない。
  • 被災地への物資確保の為、買い溜めはしない。いつもの2倍以上、お店から物が売れて無くなっているらしい。明らかに必要以上に人々が物を買っている。
  • 心配ならうがい手洗いをすれば放射線は体から落とせる。被爆するから福島県民に近寄るなという情報が流れているようだが、完全な風評被害。いつも通りの付き合いで何の問題もない。
  • TVやインターネットのニュースを鵜呑みにしない。映像というのは、撮影者がどんな光景をどういう構図で撮るかという思想が混じるので、撮影した時点でその映像は真実(Fact)ではなく疑似事実(Factoid)となる。

それでも、放射線が心配だという人へ・・・

  • 「日本の理系をナメるな!!」
  • 2回も原爆を落とされた国は、日本しかない。つまり、それだけ日本は放射能や原発について学ぶ機会があり、その技術は世界最高レベル。
  • 極論、日本の技術者が今回の福島原発事故に対応できないようなら、世界中の誰にもどうしようもない。

15 Feb番外編:ゴスペルとは

琴を奏でて主に感謝をささげ 十弦の琴を奏でてほめ歌をうたえ。新しい歌を主に向かってうたい 美しい調べと共に喜びの叫びをあげよ。主の御言葉は正しく 御業はすべて真実。主は恵みの業と裁きを愛し 地は主の慈しみに満ちている。(詩編 33:2-5)
日経おとなの OFF (オフ) 2011年 03月号 [雑誌]

 日経おとなのOFFという雑誌の最新号が大ボリュームな聖書特集を掲載しています。表紙は、右の画像のとおり。
 内容は、聖書に書かれている有名な御言葉から、海外旅行にうってつけな名所、そして聖書の内容に基づいて作詞された有名な曲が幾つか紹介されています。
 超有名な曲なのに全く知らなかったのですが、The BeatlesのLet It Beって聖書に基づいた曲だったんですね。聖書の有名人物である聖母マリアと、ポール・マッカートニーの亡き母メアリー・マッカートニーについての掛け詞になっているようです。

 私が通う教会では、Let It Beが演奏されたことはありませんが、バンドの人達が登場して「ゴスペル」と呼ばれるジャンルの曲を皆で歌うライブが毎週日曜に催されています
 「ゴスペル(Gospel)」とは、「Good Spell」または「Good News」という単語から由来して名付けられたと言われています。「Good Spell」、「Good News」とは直訳すると「良い知らせ」という意味であり、具体的にはイエス・キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしい知らせを意味するようです。(Yahoo!辞書の「福音」を参照
 有名なゴスペルの曲は、「天使にラブ・ソングを…」という映画で歌われた曲あたりでしょうか。「Oh Happy Day」や「Joyful, Joyful」など。どれも幸せや喜びが歌詞に満ちた歌です。

 ゴスペルとは打って変わって、J-POPなど世の中に流行しやすいポピュラーな曲は、励まされる曲もあるけど(私個人としては、Do As Infinityの歌詞が結構好き♪)、失恋などを歌った暗い曲(いわゆるバラード?!)も多くて、そういう曲を繰り返し聴くのは無自覚に心理的なストレスとならないのだろうか。
 特にクリスマスの曲。教会のクリスマスライブでメッセージにあって、言われてみれば確かにと思ったのですが、クリスマスソングの代表格である山下達郎の「クリスマス・イブ」稲垣潤一の「クリスマス・キャロルの頃には」B’zの「いつかのメリークリスマス」WHAM!の「LAST CHRISTMAS」など、どれも失恋歌だし・・・。

 おまけに恋愛ものの歌は歌う側にとっても苦痛になることがあるそうで、プロの歌手が空想で作詞した歌をノンフィクションだと錯覚して応援してくれるファンに対して、事実ではない偽りの歌を売れるが故に何百回も歌わなければならず、ついには心が折れた方の話を聞いたことがあります。その方は、今歌手を辞めて牧師として活躍されているそうです。

 明るい気分になれる音楽を聴きたい方へ。ゴスペル、是非おすすめです!!!

12 FebHack10:収入の十分の一を献金する

十分の一の献げ物をすべて倉に運び わたしの家に食物があるようにせよ。これによって、わたしを試してみよと 万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために 天の窓を開き 祝福を限りなく注ぐであろう。(マラキ書 3:10)

 教会では聖書の教えに則って、収入の十分の一を献金する「十一献金」という概念があります。
 この十一献金。私はかれこれ半年ほど献げる生活を続けていますが、やり始めてみてつくづく感じる利点として、次の2つがあります。

「1.金銭管理能力が身につく」

 私は小学生ぐらいの頃から家計簿を付ける習慣を続けてきているので、家計簿を付けることってそんな続かない習慣とは感じられないのですが、高校や大学の友達と話しをすると家計簿を付けていることに驚かれることがしばしばありました。
 家計簿を付ける習慣って、そんな大変なものなのでしょうか。

 しかし、そんな私でも家計簿の結果を踏まえて収支のバランスが日々取れているかと問われると、全くそんなことはないです・・・。
 一応、使っている家計簿ソフトで月々の収支が自動計算されますが、その結果をいちいち記憶していないので、「今月はこれくらいの収入があったから、これくらいの支出は大丈夫。」という損得勘定ができずに買い物してしまうことがしばしばです。

 つまりは、家計簿はただ付け続けていても記録にしかならなくって、月々の収入を意識しておかないと家計に活かされません。
 そこで、十一献金。この献金を行うためには、その月の収入が幾らか計算しないことには献金する額が分からない訳で、十一献金の習慣を通じて家計のやりくりが上手になる習慣が生まれます。
 単純に献金と聞くと慈善活動と軽んじてしまうところでしょうが、その献金システムの背景にこういう生活習慣が養われていく知恵が隠されていると考えると、本当に聖書の教えやクリスチャンの生活って成功法則に満ちているんだなって感じます。

「2.母国のキリスト教精神を守る」

 こちらは私が十一献金を通して日々感じたことというよりは、最近教会のメッセージで聞いてその通りだと感じたお話です。
 十一献金の用途は教会で細かい違いはあるとは思いますが、フルタイムで働く教会の教職者達の収入源として多かれ少なかれ活かされます。教職者にとってはこの献金がないと、アルバイト等で収入を立てる必要が出てしまうため、本業に力を注げなくなります。この辺り、学生にとっての奨学金がどれだけ重要な収入源か考えると、重要性が理解しやすいと思います。
 教会でお聞きしたメッセージで、経済的に豊かでありながら献金や寄付の概念が乏しい国は世界的に例が少ないそうで、そこに日本は該当しているそうです。例えば、アメリカではビルゲイツ財団が有名だったりしますが、そのくらい有名な財団を作った企業家を日本で聞くかと問われると、私は聞かないと思います。
 この献金精神の貧しさがあってか、日本の活躍したクリスチャンに内村鑑三という方がおられるのですが、日本人には無教会主義が合うと提案し、流行していった経緯が日本にはあります。
 この無教会主義によって、内村鑑三の弟子など、人格的に優れた知識人は排出されたようです。しかし、教職者としてフルタイムで働く人がいなくなったことにより、次の世代の若者を弟子として育てていく余裕が取れる人がいなくなり、日本のクリスチャン人口が減る一因となったようです。
 国からキリスト教精神が消えていくということは、奨学金のように金銭的援助を行うシステムや、病院や福祉施設の弱体化に繋がっていくと私は思います。

31 JanHack9:情報を発信する

しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。(ルカによる福音書 22:26-27)

 すっかり本ブログの更新がご無沙汰になってしまいました。
 つい論文や研究室のゼミ準備が忙しく、時間が取りにくくなると、毎日や毎週やろうと決めた習慣とは疎かになりやすいもので困ってしまいます。良くない。。。

 そんな自分の戒め的なhacksを今回は一つ。

 今回の御言葉は、前回に一度紹介した箇所です。改めてここから感じた教訓を一つ書くことにします。
 「上に立つ人になりたければ、人々に仕える者になりなさい。」と述べられているわけですが、さて仕える者になるとは具体的にどうすればいいだろうか。

 そこで一つ思い至った行為が「分かち合い」です。
 分かち合いとは、私の教会で良く使われる言葉で、「今週一週間どう過ごしたか?」「どんな感謝や恵みがあったか?」など、要はお互いの近況を話し合う行為を言います。分かち合いの目的としては、相手の過ごし方から自分が学ばなければならないことを見つけたり、相手の近況に対してアドバイスになることを教えてあげたり、あるいは相手の祈ってほしい課題を祈り合ったり、という点です。
 つまり、分かち合いとは互いの成長を目的とした「情報の共有」と言えます。

 この分かち合いという行為、私にとって学部の時に学んだ「情報の循環」という単語を彷彿とさせます。
 「自分が知らなかったことを相手が教えてくれる」→「相手の教えてくれた知識と自分が持っている知識が組み合わさって、新しい知識やアイディアが生まれる」→「その知識やアイディアを相手に伝える」→「伝えた知識と相手の知識が組み合わさって、その人の中に新しい知識やアイディアが生まれる」→(エンドレス)
 こんな情報の流れを「情報の循環」と呼びます。

 この「情報の循環」について言いたいのは、人は問題解決をする上で自分が知らない知識を求めるということです。
 つまり、自分の持っている情報を発信するという行為は、(その情報が相手の欲する情報であれば)その人を助ける行為であり、云わばその人に仕える行為であるといえます。

 いまやインターネットを使えば大多数に情報を発信することが可能であり、より多くの人々に仕えるお手軽な手段として、自分の持っている知識をブログなどで発信する行為が挙げられます。
 上に立つ人を目指すために、人々に仕える者を目指すために、本ブログの更新は怠ってはならないと反省しました。

29 NovHack8:朝ベッドから出られないグズグズを直すコツ

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケの信徒への手紙一 5:16-18)
赤石岳の朝日

 朝起きるのが憂鬱なのは、感謝の心が足りないからだそうです。

 何の本で読んだか忘れてしまいましたが、その本の著者は毎日起きたら今日も一日命があって起きることができたことに感謝していると書かれていました。私の場合、健康面の問題を抱えることなくこれまで生きてきた分、その辺の感謝がどうにも薄い。

 イエス・キリストを受け入れると、その人は行動が変わると言われます。例えば、欝になりやすい人が明るくなったり、不良だった人が真面目になったり。その人達の変化に影響されて、その家族や友達などが更に良い方向へと影響されていくそうです。「感動とは伝播するもので、自分の体験した感動で、他人を感動させることができる」という理論を教会で良く耳にしますが、まさにその事例だと思います。
 私にとっては、イエス・キリストを受け入れたことで、日々当たり前に思っていたことに感謝する心が生まれました。毎日命があることもそうですし、今ある友人関係、大学院に通えていること、両親からの仕送りや奨学金などの経済的支援、どれも自分の歩んだ道のりが誤っていれば失っているものかもしれませんし、いつまでも続くと保証されるものでもありません。これらのことに感謝しつつも、その感謝の深さがまだ至らないと思うので、もっともっと感謝の心を持てるようになりたい。

 なお、感謝できる人は思慮深い人だそうです。つまり、早起きできる人は、思慮深い人であり、早起きできるようになりたいなら思慮深い人を目指せば良いと考えることができます。
 何事にも感謝する心を持とうとすることで、あるいは物事を注意深く考えることで、朝清々しく起きる心というのは育っていくようです。

26 Nov番外編:進化論は正しいか

初めに、神は天地を創造された。(創世記 1:1)
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 聖書を読む者にとって、その内容を信じられるかどうかの大きな障壁となる話題の一つが創造論だと思います。
 なにせ、聖書の一番最初に出てくるフレーズが、冒頭に書いた御言葉なので突拍子もないです。
 

 創造論って非論理的で、特に科学者にとってはナンセンスな話題。一般的に創造論はそう思われていると思いますし、私自身前まではそう思っていました。
 しかし、教会には大学で物理学を研究されていた方がいて、その方から言わせると進化論の方が創造論よりも非論理的な部分があるそうです。

 その進化論が非論理的とされる2つの要素が、「ミッシングリンク」と「エントロピー増大の法則」。

 「ミッシングリンク」とは、進化の過程を証明する化石が存在しないこと。
 例えば、爬虫類が進化して鳥類や哺乳類になったと言われるが(参照:生物の進化)、進化というのは長い年月をかけて緩やかに行われる物であり、それにも関わらず爬虫類の化石ばかり発掘されたり、もしくは鳥類の化石ばかりが発掘されたりして、その進化の過程を示してくれるようなちょうどいい化石が発掘されないという問題である。

 そしてもう1点。「エントロピー増大の法則」とは、エネルギーは自然に放散することはあっても集積することはないという物理法則です。例えば、熱した水は周囲に熱を拡散させていき段々と冷めていく一方です。逆に冷たい水に熱エネルギーが蓄積されて熱くなるというのは、火にかけたり太陽光で暖めたりすることなしに、自然には起こりえません。
 このことから言えるのは、宇宙というのはビッグバンという爆発が起きて生まれたと言われていますが、何もない空間から爆発が生じるというのはエントロピー増大の法則を覆す出来事であり、法則的におかしいです。また、ビッグバンを差し置いても、無機物から有機物が生まれたという進化論でまたエントロピー増大の法則がひっかかります。
 伝聞情報なので、これは定かではありませんが、近年の進化論学者はこれを覆す理論として、宇宙から有機物が飛来してきたと仮説を立てているそうです。しかし、宇宙から地球までに有機物が辿り着くには、発癌の原因となる宇宙線にどう耐えるかという問題、大気を落下する時の空気抵抗や地表への衝突で生まれる熱にどう耐えるかという問題が残ります。

 また、確率的にも、進化論は創造論に比べて非現実的な点があります。
 宇宙には惑星が幾つもありますが、その中で唯一地球だけ地軸がぶれずに公転を行っているそうです。他の惑星は、地軸がぶれながら公転を行っているために、地球よりも気温が高くなったかと思えば、逆に低くなったりもして、最高気温と最低気温の差が極端になります。
 そして、なぜ地球だけ地軸がぶれずにいられるかというと、月が見事な軌道で地球の周りを回っているからで、もし月がなければ、地球は他の惑星と同様に温度差が極端な環境になります。
 また、月だけでなく木星も地球から絶妙な位置に存在しており、地球に降ってくる軌道を描く多くの隕石は木星に衝突するそうです。

 先月には、教会で奈良から来てくださった牧師先生が、こんな話題を医者にしたら進化論派から創造論派に移ったそうです。
 人間には、生まれる前、心臓に穴が空いています。この穴は、母親の胎内にいる時、肺呼吸ができない代わりを勤めてくれる穴だそうです。その穴は胎内から出て肺呼吸を始めた途端、塞がってしまうそうで、これが果たして自然に起こる現象なのかと問いただされると(少なくとも、その牧師先生が話をした)医者は「不思議な現象ですね」という言葉につきるそうです。

 ただ、幾ら論理を並べても、科学的に証明するにはその事象を再現しなければならないので、どちらが正しいか完璧な結論を出すことは無理だと思います。それに、結論が出せたところで過去の歴史が明らかになるだけでしかないので、個人的には「『進化論』と『創造論』のどちらが正しいか」よりも、「『進化論』と『創造論』のどちらを支持した方が人生豊かになるか」を議論した方がずっと有意義ではないかとも思います。